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「それは… 何と書いてあるんだい?」
「あぁ… これは『喫茶』と読むのよ」
漆を混ぜ込んだという墨で書き上げた看板は
入り口の柱に頑丈に固定されていた
異彩を放つ店看板の名に堪増は首をひねる
「きっ…さってどういう意味?」
「んーーー いわゆる茶屋よ」
夜にはカラオケスナックになりそうな
ダサさ満点な店名
気に入っている訳でもないがあえて付けた
異端者の抵抗というべきか
帰れる宛のない現代への執着か
自分でも解らない
「って… ひょっとしてお前の名なのか?」
「そうだけど… 言って無かったっけ?」
告げていたようで告げてなかった自分の名前
そういえばこちらは堪増と呼んでいたが
堪増の呼び方が『お前』だったなと気がついた
数ヶ月も生活を共にしていたのにと苦笑する
「良い名だ これからはその名を呼ぶよ」
「…… ありがとう」
また一歩、熊野の住人になれた気がして
満面の笑顔を堪増に向けた
****
「素敵…」
午後には外装は完成していた
後は食台と椅子を運び込めば
立派に茶屋として営業出来るだろう
店裏で干し始めたオオバコや薄荷などの野草は
数日後には淹れられる代物となるはずだ
後は肝心な菓子だが
お米とかをすり潰して練るのだろうか?
仕入れ時に尋ねてみよう
(ふふふ… ワクワクしてきたよ)
開店に胸を膨らまる私を背に
堪増は包丁の鋼の出来栄えに感嘆していた
「切れ味もよさそうだな 魚もよく切れそうだ」
「魚か… 捌いた事なんてないな」
「ぶっ よくそれで茶屋をやりたいなんて言えたな」
「だ…団子屋に魚なんて必要ないでしょ??」
堪増は悪戯気に口角を上げると
てきぱき動く水軍の男達を見つめながら呟く
「あいつらの胃袋は…ゆるさねぇだろうな」
ここは飯屋だと思ってるからねぇ フフフ…
「ちょ…! そんなの無理だよ!!」
「やる前から諦めてたら何も出来ないけどね?」
「うっ…」
ぐうの音も出ない挑発に言葉を失くす
しかしそんな無理難題に闘志が漲ってくるから不思議
堪増の期待には沿いたい自分が居るのだ
がっかりはさせたくはない
「安心しなよ 勝手が知れぬだろうから」
当面こいつらを置いておくよ
「…宜しくお願いします」
呼び止められた数人の水軍の男達が会釈する
こちらも軽く頭を下げた
日頃は漁師をしているという
『瀬八』と『波次』と『三海』…
人の良さそうな風貌で
どれも海を連想させる似合った名だった
「魚は毎朝届けさせるしな まぁ頑張れよ」
「うん… ありがとう堪増」
独り立ちというよりも堪増に見守られている現状
遠回しに手を差し伸べてくれるその手を
私は素直に取りたい
そしていつの日か恩返しが出来たらと願う
「思いつくレシピ書き出さなきゃ…!」
降って湧いた飯屋構想に意思を切り替え
献立を書き出しては消す
思い浮かべるのは絶品だった外食ばかり…
自炊していたはずなのにと
日頃の不摂生を呪う呟きは
熊野の海風に攫われて消えた
~~~ 独り言 ~~~
たまにナポリタンが食べたくなる