誘導された部屋の前で しばし躊躇する
手燭の危うい灯りが月夜の手助けをするが
不得手な薄暗さで動けない
油断させて拘束されるかも知れないという疑心だ
四方八方凝視すると中心に二人、
几帳付近に一人の存在を認めるだけで
物陰で何者かが潜んでいる様子は無い
「…お、お待ちですのでどうぞ御入り下さい」
「待っててくれと頼んだ覚えなど無いけどね」
入室を急かす女へ冷静に返答し一瞥すると
申し訳ございませんと逃げるようにその場を離れた
「……。」
皆の自分に対する態度に
意味なく自身を高慢にさせ皆を見下していた
それを自覚し、その横暴さに心が軋んだ
本当の自分はこんな嫌な奴ではない
…はずだ
こちらへどうぞと
室内に居た女が几帳から姿を見せると
手にした行灯がゆらゆらと指し示す方角へ移動した
「傷の手当をね こちらは薬師だ」
男の紹介で横に居た爺は小さく頷いた
薬布の張り替えで巻かれた白布は首から外される
外気に触れた傷口はやんわりと疼いた
「半月もすれば傷も乾きましょうが…」
痕は残りますな
「…嘘でしょ…?」
思わず指先で傷を撫でると染みるように痛みが走る
鏡はバックの中でこの状態を見る事が出来ないが
触った感じだと盛り上がるように腫れているようだ
「すまなかった… お前の傷はオレの落ち度だ…」
「…謝ったって許さないから」
頭を下げる頭領に和解の拒絶を放てば
几帳の影が微かに動いた
「オレの名は藤原堪増」
熊野別当兼水軍の頭領として
この地を守っている
薬師の爺が下がり几帳に控えていた者も消え
この部屋には男と二人きりだ
「前者の頭領よりこの職を受けついで間がなく」
皆への統制も侭ならずお前にも不自由をかけた
申し訳ないと頭を下げた
****
最初こそ神妙で通夜のような宴だったが
夜が更けるにつれ賑やかとなり五月蝿く変わる
空の酒壺を掲げながら男達は騒ぎ、楽の音で女が舞う
この宴は歓迎の意味を込めたと隣に座る堪増が囁く
恩義めがましいと鼻を鳴らし酒を煽ると
盃が空になる度に堪増は酌をする
いままで味わった事の無い独特の癖を持つ酒に
二杯目にはもう口にしたくも無かったが
誰かと会話をするのが嫌で
無理から飲み干し、酌をされた
酒が弱いわけでもないが酒豪というわけではない
自身が酔いどれになるのに
そうは時間がかからなかった
「なんなのよ… この小鉢は!」
味がしないったら無いわ
「口に合わないか?」
「こんなの居酒屋で出されたらテーブルごとひっくり返すわ」
きゃははは
はは 薄らと記憶が鮮明なのはこの辺りまでで
自分の馬鹿げた笑い声の先は
少しばかりの曖昧な時が流れていった
〜〜〜 独り言 〜〜〜 とりあえず飲んでおけと…
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